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福岡地方裁判所 昭和47年(ヨ)733号 決定 1973年4月03日

申請人

野本光則

右代理人弁護士

吉田雄策

石井将

被申請人

西日本鉄道株式会社

右代表者代表取締役

吉本弘次

右代理人弁護士

村田利雄

他二名

右当事者間の出勤禁止処分効力停止等仮処分申請事件につき、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

一  被申請人が、昭和四七年一一月二九日申請人に対してなした同月三〇日より出勤禁止を命ずるとの意思表示の効力を停止する。

二  被申請人は申請人に対し、金一八一、九九一円および昭和四七年一一月三〇日から出勤禁止が解除されるまで、毎月二三日限り、一か月当り金四六、四二五円を仮に支払え。

三  申請人のその余の申請を却下する。

四  申請費用はこれを二分し、その一を被申請人の、その余を申請人の負担とする。

理由

一  当事者双方の申立ておよび主張の要旨は、別紙(略)記載のとおりである。

(争いのない事実)

二  被申請人が福岡市に本社を置き、電車軌道、自動車運送事業等を営む株式会社であり、申請人が昭和三九年七月二〇日被申請会社に雇用され、被申請会社宇美自動車営業所において、自動車運転士兼車掌として勤務していた者であること、被申請会社に勤務する乗務員から、勤務中もしくは勤務終了後の所持品検査等により金銭が発見された場合、被申請会社の就業規則中には懲戒規定としておよそ次の三条項が置かれている―すなわち(イ)私金である場合=就業規則第五九条第一七号(第六条の遵守義務のある者が所定の手続を怠たり、私金を携帯もしくは所持したとき)……最高出勤停止一〇日間以下譴責までの懲戒処分、(ロ)私金の証明がつかない場合=就業規則第六〇条第一三号(第六条の遵守義務のある者が私金の証明がつかない金銭を携帯もしくは所持したとき……最高懲戒解雇以下出勤停止までの懲戒処分、(ハ)公金である場合……就業規則第六〇条第一一号(会社の現金、乗車券その他有価証券もしくは遺失物処理規則に定める遺失物を許可なく私用に供しまたは供そうとしたとき)……最高懲戒解雇以下出勤停止までの懲戒処分―こと、右就業規則第六〇条第一三号は私金証明の挙証責任を当該私金携帯者に負担させた規定であること、また就業規則第八条には「社員が、次の各号の一つに該当するときは、出勤または就業を禁止することがある。」旨の規定があり、その第七号には「懲戒処分に該当する事由のあったとき」という条項が掲げられている(なお被申請会社と西日本鉄道労働組合との間に締結された労働協約第四九条によれば、同規定は「会社は……出勤または就業を禁止することができる。」となっている)こと、申請人は昭和四七年一一月二二日宇美線二五番ダイヤで六時五五分に出勤し、一八時四分最終業務を終えて宇美自動車営業所に入庫した際、ただちに営業所助役当直室で巡視三名の所持品検査を受けたがその際、免許証入れの中から現金七〇〇円(五〇〇円札一枚、一〇〇円札二枚)が発見されたこと、申請人は同日から四月二七日にわたって、巡視、宇美営業所長らから取調べをうけ、裏付調査をなされたが、同日をもって申請人本人の取調べを含め調査は一応終了し、その後は少なくとも申請人に関する限り調査は行なわれていないこと、被申請会社は申請人に対し同月二九日付をもって「就業規則第八条第七号により昭和四七年一一月三〇日より出勤禁止を命ずる」との意思表示をなし、以後今日まで申請人を就労させていないこと、上記出勤禁止処分は、被申請会社において申請人に対し懲戒解雇を発令するための前提としてなされたものであること、そして被申請会社が同年一二月八日前記労働協約に従って、前記労働組合に対し申請人を懲戒解雇に処するを相当とする旨の提案をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

(出勤禁止処分の意義)

三  1そこで、まず出勤禁止に関する規定の意義について考えるに、疎明資料(疎乙第一、第二号証)および審尋の全趣旨によれば被申請会社においては、その労働協約、覚書ないし就業規則により社員を懲戒処分に付そうとする場合においては、会社においてこれを組合に提案し、懲戒処分に処すべきか否かは労使協議会で決定され、もし提案された日から四か月を経過しても解決しないときは会社はこれを懲戒処分に付することができることとなっており(この点譴責減給および出勤停止までの懲戒処分については覚書でその旨定められている。)この場合において、会社において懲戒解雇ないし諭旨解雇の提案をなす場合には、これを中央労使協議会において、また譴責、減給ないし出勤停止の提案をなす場合には、これを支部労使協議会で決定することになっていること、また前記のとおり会社は従業職員に懲戒処分に該当する事由のあったときは出勤を禁止することができるが、懲戒を前提とした出勤禁止を行なったときは、その日から二〇日以内に組合に前記の提案をなすべきこととなっていることが疎明される。

2 右認定の事実に、出勤停止が認められるその余の場合(就業規則第八条、労働協約第四九条参照)を比較検討すると、本件の場合の出勤禁止は、従業員に懲戒該当事由が存する場合において上記のとおり懲戒処分に処するためには労使協議会の決定を要する等手続的制約が存するところから、懲戒処分がなされるに先立って、懲戒処分に相当する所為をなした当該従業員をあらかじめ職場から排除しておかなければ、職場秩序がいちじるしく乱される場合に、これを防止するため、最終の懲戒処分が行なわれるまでの間の暫定措置としてなされるものであると解される。

3 したがって、出勤禁止処分が相当であると評価されるためには、まず、出勤禁止処分に付する当時において会社が知り、または相当の注意をもってすれば知り得たであろう資料に基づいて、客観的、合理的に判断して懲戒事由の存することが十分に認められること、次に、前記のとおり出勤禁止は懲戒処分をなすための事前手続であり、しかも後記七記載のごとく、右処分は、その期間従業員に対し就業を拒み、また平均賃金の六〇パーセントの賃金しか支給せず、またその期間内に賞与の支給日が到来した場合には、従来の慣行を理由に全額その支給をしない等、その生活に相当の不利益を与えるものであるから、出勤禁止処分に付するかどうかの裁量権の範囲にはおのずから客観的制約が存するものというべきであり、その裁量権を行使するに当っては、制度の趣旨を逸脱しないようにその限度を守るべきである。

そして、前記のとおり、本件の場合の出勤禁止の趣旨、目的は懲戒処分までの暫定措置であって、従業員に懲戒事由が存するのに、懲戒手続未了の間、その者をそのまま職務に就かせることが職場秩序上好ましくないとの配慮にあると解せられる以上、懲戒事由が存在しても企業内における秩序ないし労務の統制の面から評価して事案が軽微であると見られ、さほど重い懲戒に値しない場合には特に出勤禁止処分に付さなくとも職場の秩序を乱す虞は少ないのであるから、かかる場合に出勤禁止処分に付することは右趣旨、目的に照し相当でない。しかも、被申請会社においては、前記のとおり出勤禁止処分は四か月以上にもわたる場合があるのであるから、労使協議会に付議され、懲戒事由の存在が承認された場合、もしくは、提案された日から四か月を経過しても解決しないときは、懲戒権の発動として当該従業員を職場から最終的に排除するような懲戒処分(すなわち被申請会社の就業規則《疎乙第二号証》第五八条に規定する諭旨解雇以上の懲戒処分)がなされる可能性が十分予想される場合においてのみ、初めて出勤禁止処分が相当であるとして容認されるものというべきである。もしそうでないとすれば、懲戒処分の確定まで数か月間を要するのが実情であり(この事実は審尋の全趣旨によって疎明される。)、前記のごとく、その期間は平均賃金の六〇パーセントの賃金しか受けられず、また本件のごとくその期間内に賞与の支給日が到来した場合には、従来の慣行上全額その支給を受けられない等その生活に相当の不利益を被るのと比較して、最終的懲戒処分によって被る不利益(前記就業規則第五八条によれば諭旨解雇に次ぐ懲戒処分は、出勤停止処分であるが、当該処分は出勤停止期間は最高一〇日間にすぎず、その間の賃金が支給されない等の不利益を被るにとどまる。)の方が極めて軽微であるという結果になり、出勤禁止処分に伴う不利益と懲戒処分によるそれとが著しく均衡を失することになって、とうてい裁量権の行使が客観的に許容される範囲内のものとはいえなくなるからである。このことは、被申請人会社の就業規則上は、およそ懲戒処分に付そうとするときは、前記のとおり、出勤停止以下の処分を会社が労使協議会に提案する場合においても、出勤停止処分に付することができるようになっているにもかかわらず、疎乙第一三号証および審尋の全趣旨によって疎明されるように、

会社は、従来その運用においては、労使協議会に解雇の提案をなす場合にのみ、出勤禁止処分に付している事実に照しても首肯しうる。

(本件出勤禁止処分の違法性)

四  1ところで、前記当事者間に争いのない事実ならびに審尋の全趣旨によれば、被申請会社は、昭和四七年一一月二二日、所持品検査の際巡視が、申請人の免許証入れの中から現金七〇〇円を発見したので、同日から同月二七日にわたって、申請人を取調べ、かつ申請人が右金員は申請人所有のものである旨主張するので、裏付調査をもなし、(証拠略)を得たところ、被申請会社は、右資料から判断するかぎり、まだ、前記七〇〇円の現金につき申請人の所有にかかるものであるとの証明がなされたとはいえず、したがって申請人の現金所持行為は、被申請会社の就業規則第六〇条第一三号にいわゆる「第六条の遵守義務のある者が私金の証明がつかない金銭を携帯もしくは所持したとき」に該当するものとし、懲戒解雇に処するのを相当と考え、同月二九日付で同就業規則第八条第七号に従い、申請人を翌三〇日から出勤禁止処分に付するとともに、懲戒を前提とした出勤禁止を行なったときは、その日から二〇日以内に組合に提案する旨の労働協約第四九条第二項の規定に則り、同年一二月八日付をもって、西日本鉄道労働組合に申請人の懲戒解雇を提案したこと、ならびに右資料のうち、申請人の作成した口述書のほか少なくとも申請人を取調べた結果を記載した調査書については、申請人の言分がほぼ間違いなく記載されていることがいちおう認められる。

2 しかして、前記のとおり、出勤禁止処分の相当性は、その処分当時、会社が知り得、または知り得べきであった資料により客観的、合理的に判断して決すべきところ、かかる資料であることが前記のとおりいちおう認められる上掲資料によれば次の事実が疎明される。すなわち

(一)昭和四七年一一月二〇日申請人は公休日であったがさきに従妹の松永節子(西日本紡績勤務、同社春日原寮に居住)から同人の友人山田諭が熊本に用件で来るが、壱岐まで足をのばした後、二〇日の一六時二〇分に福岡空港に着くので、これを空港に迎えたのち市内などを車で案内して貰いたい旨依頼されていたので、同日一五時三〇分過ぎ、小遣銭として、一、五〇〇円(五〇〇円札二枚、一〇〇円札五枚)を数えてこれを着用の茶色背広右外側ポケットに入れ、そのほかに四〇〇円位在中(のちに太宰府で買物の際一〇〇円札四枚と判明)の皮製小銭入れを所持し、自家用車を運転して家を出た。

(二)途中、福岡市内雑餉隈にある西鉄モータース株式会社雑餉隈ガソリンスタンドにおいて、山田諭の案内に備えてガソリンを給油し、代金七五〇円(一リットル当り五〇円)を支払う際、社員割引を受けるべく、免許証入れの中に入れている社員証を店員に示し、背広ポケットに在中の前記一、五〇〇円の中から八〇〇円を取り出し、これで右代金を支払い、釣銭として五〇円硬貨を受けとり、これを小銭入れに入れた。

(三)申請人は松永節子を一六時ごろ前記寮に迎えに行き、同女も同乗して、一六時一〇分ごろ福岡空港に着いたが、気象状況が悪かったため飛行機は遅れて一七時ごろ到着したが、山田諭が搭乗する名古屋行き飛行機の出発時刻である一九時五五分までにまだ相当の時間があったので、同人を太宰府に案内することになった。天満宮への参拝の帰途、申請人は同参道のみやげ品店で同人の子供のみやげにと刀一本(代価二四〇円)とパンダ付の鉛筆二本(代価一本当り一一〇円)を買い、代金四六〇円を支払おうとしたところ、前記ガソリンスタンドでの給油の後背広の右外側ポケットにしまつたつもりの残りの七〇〇円の所在がわからず、ポケットなどを探したが、どうしても見当らなかったため、てっきり落したに違いないと思い、みやげ品店に対し、その旨申入れて代金のうち一〇円はこれを負けてもらい、小銭入れ在中の四五〇円で右代金を支払ったのち、あるいは参詣の際、手袋をとりポケットに入れたが、再びはめようとして、これをポケットから取り出したときにでも落としたのではないかと思い、山田、松永を待たせて境内をしばらく探したが見当らなかったので、結局紛失したに違いないと判断し、山田を空港に送り、松永を寮に送り届けたのち二一時すぎに帰宅した。

(四)翌二一日、申請人の勤務ダイヤは二日市一Bダイヤ(一四時四九分出勤)であったため、一四時三〇分ごろ、いつものように免許証入れを携帯して出勤したが、その中は調べず、同日は七〇〇円の存在には全く気が付かなかった。

(五)翌二二日、申請人は宇美線二五番ダイヤで六時五五分に出勤し、一八時すぎ最終乗務を終えて営業所に入庫した際、直ちに営業所助役当直室で巡視三名による所持品検査を受けたが、その際免許証入れにはさんで、全部ひとまとめにして四つ折りにした札(五〇〇円札一枚一〇〇円札二枚)計七〇〇円が発見された。

(六)申請人は右七〇〇円を見るや、この金員は一昨日雑餉隈ガソリンスタンドで給油し代金を支払った際の残金であって、無意識のうちに免許証入れの間にはさみ、ポケットに入れたものの、山田諭の搭乗する飛行機の到着時間が迫っていたため、慌てて免許証入れの中に入れたので、そのまましまい場所を失念し、後に太宰府で子供のみやげを買い代金を支払おうとして、これを探したが、ポケットには見当らなかったため、てっきり天満宮の境内にでも紛失したに違いないと思い込んでいたお金であることを直ちに想い起し、その旨取調べの巡視員らに申し述べた。

以上のとおりであって、右事実によれば右七〇〇円は申請人が一一月二〇日、自宅を出る際所持していた一、九〇〇円のうちから、雑餉隈ガソリンスタンドでの給油代金七五〇円および太宰府天満宮でのおみやげ代金四五〇円合計一、二〇〇円を支払った残金であることが明らかである。

3 しかるに、被申請会社は、申請人の申し述べる金銭の使途につき裏付け調査を行なったところ、前記ガソリンスタンドにおけるガソリンの購入と代金の支払いについての確認は得られなかったから、同所における七五〇円の費消行為があったとはただちに認めることはできないし、仮りにこれが認められるとしても就業規則第六〇条第一三号にいう私金の証明がついたといい得るためには、当初持参したという金銭の総額につき確定的な証明が必要であるのに、申請人の場合においては、申請人が自ら保管している現金を妻の知らないうちに持ち出したと申し述べ、しかも総額についても調査の途中で二度三度と供述が変転しているのであるからとうてい私金の証明がついたとはいえないと主張する。

(一)なるほど、審尋の全趣旨によって、被申請人が申請人を出勤禁止処分に付し、かつ懲戒解雇を労働組合に提案する際に使用した資料と認められる(証拠略)に拠る限り、本人の言分のみでは私金の証明がついたとは絶対に認めないという態度を固執する以上は、前記ガソリンスタンドの店員の供述では一一月二〇日ごろ確かに社員証をカウンターに提示してガソリンを購入した客のあったこと、その日は井上周二が来た日であったことは記憶しているが、その者の氏名は知らないし、ガソリンの購入量もはっきり記憶してはいないというのであるから、このことのみをもってしては、申請人がその日に確かに前記ガソリンスタンドでガソリン一五リットルを給油し、代金七五〇円を支払ったとまで認定することは困難である。しかしながら右資料によれば、申請人は取調べの当初から一貫して、前記ガソリンスタンドで井上周二に会ったからガソリン購入の事実は同人に確かめて貰えばわかる旨主張し、その結果会社は当時井上周二の身元を確認したことが窺われるが、右資料そのものには調査結果は記載されていないけれども、審尋の全趣旨によれば、被申請会社はそのころ井上周二(被申請会社宇美営業所車掌、西新パレス出向)に面会調査した結果、同人も一一月二〇日、前記ガソリンスタンドで申請人と会ったことを認めたし、しかも会社において帳簿を調べた結果、当日ガソリン一五リットルを給油し現金七五〇円を支払った客がきたことは間違いないことが認められたのであるから、これらの事実と申請人の供述とを綜合し、これを客観的、合理的に判断すれば、被申請会社においても申請人が同日前記ガソリンスタンドでガソリン一五リットルを給油して貰い代金七五〇円を支払ったと判断すべきが相当であって、もし反対の態度をとるのであれば、それは申請人に有利な資料に故意に眼を蔽うか、不当に軽視したきわめて恣意的な態度に基づく判断ともいうべきものであって、著しく公平さを欠くものと断定せざるを得ない。

(二)被申請人はあるいは、申請人のガソリン代金および釣銭についての供述が変転したことをもって、申請人の供述を信用できない理由とするもののごとくである。なるほど、(証拠略)によれば、ガソリンを七九五円相当分補給したと記載されているのに対し、(証拠略)によればガソリン代八〇〇円を渡して硬貨で五〇円の釣銭をもらったと記載されていることが窺われるけれども、これらは、(証拠略)の記載により明らかなように、所持品検査に引き続く調査の際、申請人は当初一〇円か五〇円かはともかく硬貨一枚の釣銭をもらったと述べ、調査にあたった被申請会社飯倉自動車営業所助役石橋茂男が「釣銭は硬貨一枚でなく数枚ではないか」と質問した際、申請人が記憶を喚起して「五〇円硬貨一枚であった」と答えたのに対し、さらに右石橋が「一五リットル補給していれば代金は七六〇円か七九五円となるから五〇円の釣銭を貰ったとすれば一五リットルは補給していない。」旨誤導尋問した(ただし、同資料によれば、その日の調査中に前記ガソリンスタンドの社員割引の単価は一リットル五〇円である旨の連絡が入ったため、その旨申請人に伝えたことは窺える。)ため,申請人が正確にはガソリンの補給量と単価とを思い起さなかったこと、および所持品検査の際、思いがけず免許証入れから金銭で出てきて取調べを受けたための昂奮状態とあいまって、一時的な記憶の混乱状態から生じたことが容易に窺えるのであって、その後は一貫して釣銭は五〇円であり、これは小銭入れの中に入れた旨供述しているのであって、しかも、これと当初小銭入れに入っていた四〇〇円位とが太宰府で申請人がみやげ代金として支払った四五〇円と符合しているのであるから、上記のごとく、ガソリン代金と釣銭についての供述が一時変転したことをもって申請人の供述が信用できないとするのは枝葉末節に捕われ、全体を綜合的、合理的に把握しない主観的、非論理的な判断としてとうてい客観性を有するものとはいい得ない。

(三)つぎに、被申請人は申請人が当初所持していた現金の額が証明されない以上、たとえ費消部分について裏付けがあったにせよ、現に携帯ないし所持している金銭が私金であるとの証明がついたことにはならないと主張する。しかしながら、就業規則(疎乙第二号証)による限り、その第六〇条第一三号は、従業員が私金の携帯所持の禁止に違反して現金を携帯、所持していた場合に、当該現金が私金であるかどうかを第一次的に問題とする趣旨であって、一般的には当初の所持およびその金額、またもしそれを中途で費消した場合は、さらにその費消行為とその額をそれぞれ証明しない限り、現に所持している現金が私金すなわち当初の所持金そのものないしはその残金であることを証明したことにはならないと言いうるであろうけれども、理論上はそれはあくまでも直接の証明の対象ではないことは明白であり、しかも本件にあっては通常の場合とやや事情を異にする。すなわち、被申請会社が申請人を出勤停止に付し、懲戒解雇を労働組合に提案するに当たって、その根拠とした資料と称する(証拠略)によれば、なるほど申請人は、所持品検査に引き続いて行なわれた取調べに際し、右現金は前記四の2記載のとおり紛失したと思い込んでいたものであり、ガソリン購入の件は前記ガソリンスタンドおよび丁度その場に来合わせた井上周二に聞いてもらえば判るし、また太宰府での買物およびその代金をまけてもらった件については松永節子およびみやげ品店を調べてもらえば、事情は判明する旨申し述べたため、当日直ちに太宰府に赴いたが、すでに境内のみやげ品店は閉店しており、どの店か確認できず、そのまま帰社したこと、松永節子に対して電話連絡したところ、二〇日の日に申請人に友人を太宰府に案内してもらった際、申請人がそこで現金を落したといって探したが暗くて見付からなかったといっていた事実がいちおう認められるだけである。しかし、右資料には直接あらわれていないが、(証拠略)によれば、被申請会社においては、翌二三日改めて松永節子および太宰府のみやげ品店「堀米」に直接当って調査した結果、堀米商店でも、二〇日夜刀と鉛筆で四六〇円を買った男に対し、同人がお金を落として四五〇円の持ち合わせしかないとの理由で一〇円負けたことを申し述べたため、被申請会社においても申請人が太宰府で買物をした事実については間違いないものと判断していたことがいちおう認められるところ、これらの事実と、上記認定のガソリンスタンドにおける給油の事実ならびに、所持品検査の際の申請人の態度、特に検査員が免許証入れから出てきた現金を申請人に示すや、同人が「あ、このお金はいとこに聞いてもらえばわかります。太宰府の店に尋ねてもらえばわかります。店で買物をしましたから、落としたと思っていました。」と直ちに応答した事実(疎乙第六号証参照)と照らし合わせただけでも、当該現金は、申請人が当初いくら所持していたかという事実といちおう切り離してみても、申請人がしまい場所を失念し紛失したものと思い込んでいた現金(即ち私金)に外ならないことが容易に判断できるのであって、それを当初の現金の所持が家族によって証明されていないとか、供述が変転したとかの理由をもって、私金の証明がついたとはいえないと否定し去ることは、従業員に対し不可能を要求するものとして悪魔の証明を強いるものでないとすれば、全くのいいがかりであると断定せざるを得ず、とうてい就業規則第六〇条第一三号の合理性、客観性のある解釈とはいい得ない。

(四)なお、当初の所持金についての申請人の供述の変転について付言すると、(証拠略)によれば、当初申請人において二、〇〇〇円位と述べたところ、調査に当った前記石橋助役において「申請人のいうとおり支払をしたのであれば、発見された現金七〇〇円とおみやげ代金四五〇円、ガソリン代七五〇円で合計して一、八五〇円となる筈である」旨の明白な誤導尋問によって混乱させられた結果、口述書(疎乙第九号証の一)の当初の所持金についての記載が一、八五〇円となったものであることが明らかであり、その後は一貫して一、九〇〇円であると申し述べているのであって、全体として前後の供述の間には何ら矛盾はない。しかも、右一、九〇〇円である旨の供述は、すでに認定した他のすべての情況と符号するのであるから、疎明資料および審尋の全趣旨によれば、申請人はふだんから小遣銭として相当の金銭を自ら保管しており、当日その中から持ち出した現金についても申請人の妻は関知しなかったというのであって、当初の所持金に関し、とうてい第三者の供述等による直接の裏付けを得られる見込はないところであるが、その故のみをもって私金の証明が得られないとするのは、少なくとも本件においては極めて不当であることは上叙の点よりして明らかであろう。

4 以上の次第であるから、申請人に対する本件出勤禁止処分は、爾余の点につき判断するまでもなく、被申請会社就業規則第六〇条第一三号の懲戒事由がないのになされたものとして、本来予想される懲戒処分(前記のごとく就業規則第五九条第一七号違反の懲戒処分は出勤停止以下の処分があるにすぎない。)との均衡を失し、且つ被申請会社における従来の就業規則第八条(出勤禁止)第七号の運用の経過に照らしても、著しく苛酷な不利益処分として裁量権の行使を誤った無効のものと断ぜざるを得ない。

(懲戒解雇の意思表示の差止請求)

五1  続いて、申請人の本件現金所持行為の被申請会社就業規則第六〇条第一三号該当性について判断するに、会社において申請人に右条項該当事由ありとして前記のとおり出勤禁止処分に付した当時において、右条項に該当すべき事実のなかったことはすでにるる述べたところであるが、本件全疎明資料および審尋の全趣旨をもってするも、申請人が昭和四七年一一月二二日免許証入れの間に所持していた現金は、前記四の2記載の経緯によって同人が所持していた私金であることがいちおう認められ、就業規則第六〇条第一三号に該当するとは到底認め難い。

したがって、被申請会社が申請人の本件七〇〇円の所持行為を、同会社就業規則第五九条第一七号(第六条《私金の携帯、所持の禁止条項》の遵守義務ある者が所定の手続を怠たり、私金を携帯もしくは所持したとき)に該当するとして懲戒権を発動するのは格別、第六〇条第一三号に該当して懲戒解雇相当として懲戒権を行使することは就業規則の適用を誤まったのであり、たとえ懲戒解雇に処しても無効のものである。

2  しかして、申請人は、被申請会社は申請人を懲戒処分を前提とする出勤禁止に処し、さらに労働組合に対し懲戒解雇の提案をなしているから、申請人の本件現金所持行為が就業規則第六〇条第一三号に該当せず、したがって懲戒解雇に処せられるべき何らの事由がないのに、会社が早晩申請人に対し懲戒解雇処分に及んでくることは、従前の会社の態度からみて必至の情勢にあるので、その発令すなわち懲戒解雇の意思表示を事前に差止める必要性がある旨主張する。

(一)よって、案ずるに、使用者と労働者の間において具体的な懲戒解雇事由の存否が問題となっている場合において、当該懲戒解雇事由が存在せず、あるいは懲戒権の行使が濫用となってその行使が許されないとき、解雇権が行使される以前に、当該具体的な懲戒解雇権が存在しないことの確認を求めることが許されるかどうか、または懲戒解雇処分を差止めることができるかどうかについては、その被保全権利をいかに考えるか、形成権たる懲戒解雇の意思表示がなされる以前に形成権の存在しないことを確定する利益があるかどうか等理論上は種々問題があり、通常の場合は解雇された後、労働者の側において解雇の効力を争い、その無効を前提とする権利関係を主張して救済を求めるのが端的な紛争解決の手段であるとはいえるけれども、そのことのみを理由として、一般的に解雇の意思表示がなされる以前にその効力を争うのは法的利益ないし必要性を欠くとして、理論的にもかかる救済方法を否定し去ることは相当でなく、解雇の危険にさらされている労働者について、かかる法的手段を認めなければ十分に救済され得ない回復困難な緊急の必要性があると認められる場合などにおいては、被保全権利の理論構成の点はしばらく措き、かかる解雇の事前差止を求める仮処分を認容すべきものと思料される。

(二)しかし、前記労働協約ないし就業規則(疎乙第一、第二号証)ならびに審尋の全趣旨に照らせば、被申請会社においては、会社が労働協約(同第四九条第一項第七号、第二項)に従って労働組合に対し懲戒解雇の提案をしたからといって、必ず会社の提案どおりの懲戒処分に処されるものではなく、懲戒解雇は労使同数で構成される労使協議会(労働協約第九章)において決定されるところであり、会社提案の日から四か月を経過しても解決しないときに初めて会社において解雇処分をすることができることとなっている(労働協約第二三条第四号、第三四条第一項)のであり、現にそのように運用されているものといちおう認められ、一方、会社が西日本鉄道労働組合に対して申請人の懲戒解雇の提案をなした昭和四七年一二月八日から未だ四か月を経過せず、また労使協議会において申請人の懲戒解雇をすでに決定し、あるいは右労働組合において会社の解雇提案に同意したとの疎明もない本件にあっては、上記のような理論的な問題はさて措き、少なくとも被申請会社の申請人に対する懲戒解雇処分の発令を差止める必要性を欠くものと言わざるを得ないから、右申請については、爾余の点について判断するまでもなく失当としてこれを却下すべきである。

(賃金請求権)

六  前記のとおり、被申請人は昭和四七年一一月三〇日以降申請人を出勤禁止処分に付して、その就労を拒否しており、かつ、その間申請人に対し平均賃金の六〇パーセントを支払っているにすぎないが、右出勤禁止処分は叙上のとおり理由がないから申請人は被申請人に対し、その余の賃金(賞与等を含む)請求権を有するものといわねばならない。そして、申請人が本件出勤禁止処分に付された当時の一か月の平均賃金は、基準賃金が七一、六五〇円(このことは当事者間に争いがない)であり、また疎明(略)によればそのほかに基準外賃金として四四、四一二円が支払われていたものといちおう認められるから合計一一六、〇六二円であり(但し、申請人の主張額は一一六、〇五九円である。)、その支払期日が毎月二三日であること、同年一二月一〇日被申請会社は従業員に対し下期賞与を支給し、その額は基準賃金に二・五四を乗じたものであったが、申請人に対しては出勤禁止処分が賞与支給日前になされたことを理由にその支給がなされなかった(これらの事実は当事者間に争いがない)が、もし、出勤禁止処分がなかったならば、同人に対しても他の従業員と同一の支給率をもって下期賞与(計算上は一八一、九九一円になる)の支給がなされるべきであったのであるから、申請人は被申請人に対し、右賞与金一八一、九九一円と、本件出勤禁止処分の日である同年一一月三〇日から、出勤禁止処分が解除されるまで(懲戒処分がなされたときはその日まで)毎月二三日限り、前記平均賃金の四〇パーセントに相当する賃金額四六、四二五円(円未満四捨五入)を請求しうるものといわねばならないが、その余(六〇パーセント)の賃金を請求する部分は、すでに就業規則第五三条、給与規則(疎乙第三号)第三一条によって支給が保障されており、疎明ないし審尋の全趣旨によれば現在までのところ、過去の部分については請求は失当であり、将来にわたる請求の部分は必要性を欠くというべきである。

(保全の必要性)

七  疎明ならびに審尋の全趣旨によれば、被申請会社においては、従業員が出勤禁止処分を受けた場合には、たとえ、労使協議会で私金の証明がついたものとし懲戒解雇の提案が容れられなかった場合であっても,全く事実無根である等格別の場合を除いては、出勤禁止処分が遡って取り消されることはなく、その場合には単にその期間平均賃金の六〇パーセントしか賃金が支給されず、また本件のごとくその期間内に賞与の支給日が到来したときは、従来の慣行上、賞与が支給されないだけに止まらず、あるいは、その後のベースアップ分のうちコース別、職位別の加算分、賞与の配分について出勤禁止期間一日につき、一定の割合で減額をうけ、あるいは昇給期間についても不利益を被る等雇用契約上種々の不利益を受けることが認められ、また、疎明によれば申請人は被申請会社より支払われる賃金を唯一の収入源として家族五人(申請人本人、妻、子供三人)の生計を維持してきたもので、普段から妻が内職によって家計の不足を補っている状態であり、他に格別の資産とてなく、本件出勤禁止処分後は、平均賃金の六〇パーセントにしか支払われないこととなったため、収入の不足は妻の僅かな内職や親戚からの借金によってようやく賄われている状態であり、本訴確定に至るまで本件出勤禁止処分が有効として取扱われるときは、申請人およびその家族に回復しがたい損害を生ずることが明らかであるから、本件仮処分申請中出勤禁止処分の効力の停止を求める部分および出勤禁止期間中の未払部分の賃金ならびに昭和四七年下期賞与の支払を求める部分はいずれも緊急の必要性があるものというべきである。

申請人はこのほか、懲戒解雇の発令の差止めをも求めているが、その点についての保全の必要性が認められないことはさきに説示したとおりである。

(結語)

八  以上のとおり、申請人の本件仮処分申請は、右の限度において理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余は失当としてこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鍬守正一 裁判官 宇佐見隆男 裁判官 大石一宣)

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